2025年9月3日水曜日

T橋先生

 父の聴いていた音楽の影響で、富田勲のシンセサイザー曲は好きでたまに聞いているのだが、バッハの「主よ、人の望みの喜びよ」のシンセサイザ版も入っている。それを聞きながらふと思い出しているのだが、子供のころに住んでいたオランダ時代に、日本の勉強について行かれるように?一時期家庭教師の先生を兄がつけてもらっていた時のことであった。

T橋先生という先生で、週末に通っていた日本語学校経由でのツテだったかもしれない。ショートワンレングスな髪形の若い先生で、長い前髪をよく手でかき上げながら、家に置いてあったピアノで曲を弾いてくれていた。それが後から曲名がわかったのだが、「主よ、人の望みの・・」だった。特にこれという感想はなかったのだが、先生の演奏中の動作がちょっと情熱的な感じだったかな?という感じだった。



東大卒の先生だったそうだが、学生時代に奥様と学生結婚をされたということだった。
芸術の道はお金にならなくて大変だけど続けている??と言っていた母の話をきいて、先生がピアノ奏者として日々頑張られているかまでは知らなかったが、私ときたら、そんな立派そうな先生がどうしてそうしているの?と思い、それを否定するようなことを言った記憶があった。

お金は本当に大事である。それがないと暮らせないのでなくてはならないが、心身の健康も大事だし、体験や記憶などの、自分の中に残ることも大事であるし、心がどこを向いているかも大事である。(小学生時代はとても残念な状況だったかもしれない)

母の友人で、Tさんという親友の方がおり、当時、オランダの自宅を訪ねに来てくださった。その時に、たまたま来られていたT橋先生をみて、「なんかちょっと気取ってる感じだし、怖そうな先生ね」などと言っていたのを覚えている。(まあまあ失礼な発言。T橋先生、ごめんなさい)Tさんもとても自由な人で、その気さくさがあって、打ち解けさせていただいていた。

と、かなり昔の記憶があったので掘り起こしたが、後になって、誤りたくなってしまうことや、失敗したなあと思うことも時々出てくる。