2023年7月28日金曜日

母の、叔母に対する思い

(イメージイラスト)

 先日、亡くなった叔父の荼毘に出席した際、認知症のために身内の顔も名前もわからなくなってしまった叔母に再度会ったわけだが、私の母は、「あれじゃあもう、会ってもしょうがないわね。」(話が通じない相手は、身内であっても会う意味がない、と言い切る母も母であるが)と言いつつも、「昔の話したら、思い出すかもしれない」と、淡い期待を口にしていた。

前々から書いていたが、母には発達障害があり、人ともやや、偏った感じのかかわり方しかできないタイプ(自分のセンサーが極端に狭い(自閉症スペクトラム傾向))なので、非常にマイペースなかかわり方になる。また、一つの事象同士が、頭の中でうまくつながっていないので、話す事項同士がバラバラで、衝動的(ADHD傾向)になることもある。(人生経験によってコミュ力が強化されているので、一般的な状況だとわからない)また、母がこうだと思ったことについては、異様に思い入れが強かったりするので、聞いていると重たかったり面倒くさいことがある。そのような状況なので、話を一方的にきくことになると、途方もなく疲労感が増してしまう。(20代前半くらいまで、自分もこんな母に付き合わされ、大きな影響を受けざるを得なかったと思うがやはり、その後の人生経験によって、母とは多少の距離を置いて客観視するようになった。)

母の話したい欲求は誰よりも強いのだが、声も聞き取りにくくなっているし、私は面倒なので要件だけ聞いたらそそくさと電話を切っている。学生時代の友人もいなくはないのだが、それぞれまだ忙しく、母の話をゆっくり聞くほどの暇人はいないようである。

叔母が本格的な認知症になる前から、母は、「Yちゃんとはゆっくり話し合いたい。どこかに一泊だけしてそういう場をもうけたい」などと言っていたが、すでに本人も手の動きがかなり不自由で要介護状態だったので、付き添いが必須であったのが面倒であったし、叔母も母の話に全面的に付き合うのが面倒くさい、と私にグチっていたので、母にもそれとなくそう伝えておいた。

こんな感じで?くつろぎと語らいの時間を過ごしたかったのだろうか。私は、ある程度の会話は必要だと思うが、話をするのがメインの行事自体には、あまり興味を感じない。


そういうわけで、今現在も母の叔母に対する思いは、本当は、まだ会って話をしたいというところなのだろう。 が、母の気持ちはそうであっても、叔母はすでに自分の旦那の葬儀でも、誰の葬儀かわからない、周りにいる人も誰なのだかわからない、ついでに自分が何をしに来ているのかもわからないであろう、という状態である。なので、昔の話をしてどうこうできると期待するのは、かなり無理なのではないかと思う。

叔母は、認知症がすすむ前から、「絶対にパパ(叔父)よりも、自分のほうが長生きしてやるんだからね!」と言い放っていたのを私は聞いていたのだが、これは相当、(30年ほど前に叔父が脳出血で倒れて以降、体もある程度不自由となったため、いろいろな世話も大変だったり、叔父自身、他にもいろいろと気難しく頑固?でデイサービスやその他の外出にも行きたがらないという話もあり)夫に尽くしすぎてしまった?夫婦として連れ添うことに不満もしくは負担を感じている以外にありえない発言だなあと思っていた。(世話しすぎなのか、頑固すぎなのか、どちらが行き過ぎだったのか、はたまたそれを助長しあう相性だったのかは、第三者からはわからない。)

確かに叔母は、あの発言通り、叔父よりも長く生きることになったが、叔父の亡くなった時にはすでに、夫のことすらわからないほどの認知症になっていた。願いはかなえども、果たしてその意味があったのだろうか?人生の皮肉を感じてしまう。

と、本日は、周りの思惑が心や頭の中でぐるぐるしてしまったので、書いておくことにした。