2025年9月18日木曜日

「藤本 壮介の建築」展を観に行きました。

 

現在開催中の2025年大阪・関西万博で会場デザインプロデューサーを務めるなど、注目される日本の建築家の一人、とのことである。

https://www.mori.art.museum/jp/exhibitions/soufujimoto/


都市部の水上に浮かぶアニメーションが展開されて、幻想的で美しい居住空間が演出されていた。ただし、部屋と部屋を結ぶ階段が、あったりなかったりで、実際の移動に必要なエレベーター、エスカレーターの類はないので、実際の建築は難しいと思うが、美しい映像だった。







2025年9月8日月曜日

2025年9月5日金曜日

おばさんやお婆さんが、なぜ若い男の子に好意を抱くのか

祖母が話していた知人の話を思い出す。「稼ぎなどはどうでもいいから(ご本人が相手の生活費の世話ができるなんてご立派ですばらしい)、若くてほっそりとした見栄えの良い男がいい」などと言っていたのを覚えている。

若い・細い=肌がきれいで見かけが良い。ということから、自分もそういう相手と付き合うことで、若さを分けてほしいし、見かけが良いのは目の保養に良い。ということで相手にあやかりたいのかもしれない。

というのが世間の一般論なのだろうか、が、相手にあやかって自分に手に入るものだとはちょっと思えないので、この話はピンとこない。

が、最近ちょっと若い子を見ていて(配達員含む)、素直な子はいいなあと思うことがある。こちらの希望を伝えるとき、ちょっと重たそうに対応されるよりも、知識や経験のない若者のほうが、なんやら素直に対応してくれるなあ、という感もあり、そういう軽やかさが若者の素晴らしいところかなあ、と思ったところである。

玄関の段差の上に、重い飲料ケースを置いてもらうように頼んでいる。

数年前に実家で母と暮らしていた時のこと、若い新聞配達員の男の子がいて、母から見ると孫のようにでも見えたのだろう、洗剤が欲しいとか玄関わきの雑草の処理を少ししてほしいといいながら、契約をしてあげていたことがあった。が、そこはやはり、年配世代に受ける戦法を、配達店がとっていたようにも思われる。

2025年9月3日水曜日

T橋先生

 父の聴いていた音楽の影響で、富田勲のシンセサイザー曲は好きでたまに聞いているのだが、バッハの「主よ、人の望みの喜びよ」のシンセサイザ版も入っている。それを聞きながらふと思い出しているのだが、子供のころに住んでいたオランダ時代に、日本の勉強について行かれるように?一時期家庭教師の先生を兄がつけてもらっていた時のことであった。

T橋先生という先生で、週末に通っていた日本語学校経由でのツテだったかもしれない。ショートワンレングスな髪形の若い先生で、長い前髪をよく手でかき上げながら、家に置いてあったピアノで曲を弾いてくれていた。それが後から曲名がわかったのだが、「主よ、人の望みの・・」だった。特にこれという感想はなかったのだが、先生の演奏中の動作がちょっと情熱的な感じだったかな?という感じだった。



東大卒の先生だったそうだが、学生時代に奥様と学生結婚をされたということだった。
芸術の道はお金にならなくて大変だけど続けている??と言っていた母の話をきいて、先生がピアノ奏者として日々頑張られているかまでは知らなかったが、私ときたら、そんな立派そうな先生がどうしてそうしているの?と思い、それを否定するようなことを言った記憶があった。

お金は本当に大事である。それがないと暮らせないのでなくてはならないが、心身の健康も大事だし、体験や記憶などの、自分の中に残ることも大事であるし、心がどこを向いているかも大事である。(小学生時代はとても残念な状況だったかもしれない)

母の友人で、Tさんという親友の方がおり、当時、オランダの自宅を訪ねに来てくださった。その時に、たまたま来られていたT橋先生をみて、「なんかちょっと気取ってる感じだし、怖そうな先生ね」などと言っていたのを覚えている。(まあまあ失礼な発言。T橋先生、ごめんなさい)Tさんもとても自由な人で、その気さくさがあって、打ち解けさせていただいていた。

と、かなり昔の記憶があったので掘り起こしたが、後になって、誤りたくなってしまうことや、失敗したなあと思うことも時々出てくる。








今月もゆがんだAI画像を楽しみます(9月末まで随時追加)

 

他にもゆがんだ画像は時々みかけられるが、やはり、愛嬌を感じられる顔が一つ、もしくはいくつか、入っているのが大事なポイントである。

カメラ目線で、スマイル。



右後ろのお姉さんも、フォトジェニックスマイル。