2026年1月26日月曜日

もらいものの、もらいもの

 

≪くら吉≫KURAKICHIあきたフルーツクッキー缶(大)

税込5,400円

箱サイズ:17×12×5.3cm


帰省したときのいただきものである。クッキーが特別好きという訳ではなく、小腹がすいたときにつまもう、というつもりで開けて食べてみたが、高級品は違う。 生地のしっかりとした締まり方、行き過ぎた甘さのない品のある味わい、大量に食べまくるほど一気に食べられないが、「これはおいしい」と思わせる味と食べ応え。フランボワーズをはじめ、ほおずきやたんかん、もろこしなどといった一風変わった植物も使われているが、これもまた程よい風味で、品が良い。(くら吉の宣伝ではない。)

2026年1月24日土曜日

ラーメン(2026年)

 

太陽のトマト麺(青山) スーラータン。大粒の荒挽きこしょうがアクセント。



2026年1月18日日曜日

どうして歯痛は特別なのかというと

 

虫歯になったり、歯を削るのが、歯を支える組織がさらに根深いところにあり、支える部分にも、根深い痛さが伝わる。

麻酔をしたから無痛である、というのは、100%そうとも言い切れず、痛さはもちろん大きく軽減されるだろうが、全く痛くない、という訳でもなかった。

ではなぜ、削った時に多少の痛みを伴うのかというと、もしかすると麻酔が回るまで少し時間が足りなかったか、麻酔が足りなかった?のだろうか。プラス、ドリルを当てる圧力と、激しい振動によるショック由来か。(脳幹までひびいた。)

歯を抜いてしまえばもっと簡単な処理になると思うが、歯を残すということが目的なので、抜かずに歯の根っこの下まで掘削し、最端部まで穴を通して、炎症を起こした組織の膿を出し、回復を待ってから再び埋めなおす、という作業になる。

とにかく、痛い、だの嫌だった、もう御免だ、などと反射的に思うのだけれども、それと同時に、一体自分の歯はどうなっているのだろうというのを、少し掘り下げてみたりするのである。根管治療は数年ぶりで、以前も受けているのだが、治療のスピード(衝撃度と比例)がパターンによって違っている。

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後日追記・・

①特に痛かった原因のようなものを聞いたので追記。

炎症を起こした部分の歯は、たしか数年前にセラミック素材のものでフタをしたはずだったが(おそらくそのために)、材質が硬い物だったと、再診の時に言われたこと。根っこの治療のために削るのがものすごく大変で、衝撃倍増だったわけである。それに加え、炎症が進んでしまっていたために、余計に痛みが増してしまったらしいことだった。水曜日にレントゲンを撮り、こういう状況なので、痛みがあったら来てくださいと言われた矢先にさらに痛くなり、定休日をはさんで待つ間に悪化してしまった、その状況にグチを言いたい。

②麻酔痛は、ある。(個人の感想です)

麻酔が切れると痛みがなくなることから、ちょっと考えた。麻酔がかかっている間は、しびれるという痛さがあるようであった。それに加え、帰り道に、真冬の風が冷たい吹きさらしの道を歩くことから、低温の風に吹かれるのも、しびれの痛さが増しているようだった。



2026年1月16日金曜日

根尖性(こんせんせい)歯周炎、になったようでした。

 


歯医者さんの説明によると、歯根が死んで、ガスがたまった状態、ということだったが、おそらくこれなのではないかと思う。

一回目はレントゲンをとって歯のかみ合わせ調整をして、痛かったらまた来てください、ということだったのだが、定休日を挟んで三日ほど置いている間にやはり痛く、ものをかむと特に痛いが、そうでなくてもドクン、ドクンと脈打ち、歯ぐきが腫れてきてしまった。外側から頬も膨らんで見えたので、そこそこ腫れていたと思う。

仕方なく定休日明けに治療をお願いして根管治療となった。深部に麻酔をしてから、ドリルでガガガガ、ドドドド、と言った感じで、ド派手に始まった。

左上あごの奥歯だった。圧と衝撃が脳みその裏側まで響くというショックもあるし、もちろん多少痛いのは間違いない。が、なんだかもう振動もひどく、ショックがひどい・・、と感じた。途中、細い、根管治療用のネジのようなものを歯の根っこ部に突っ込んで、ぐるり、くるりとねじこみ、あー、多分痛い、でもそれを感じるのは嫌だ、絶対に嫌だ、飛び跳ねるほどの激痛に見舞われたら、手を挙げよう(あげることはなかった)と思いながらじっと耐え、ひたすらガリガリゴリゴリとやられ続けた。心の中では、あああ、嫌だ、嫌だ、と思いながら、火花を散らす自分の、大穴を開けた歯のイメージが脳内をグルグルした。ピンク色と赤(血や肉の色)と、黄色と紫と黒(大穴の色)と白に囲まれた映像、黄色はおそらく火花や星である。

そんな胸中とは裏腹に治療は進み、30分以内で終わっていたと思う。激しい圧と振動とショックから解放されたものの、しばらくは麻酔で顔半分がマヒし、削られた痛みが感覚的に残った。真冬の冷たい風が住宅街を吹き抜け、頬に当たっていくのもこたえ、とにかく帰りはしばらく、ヨレヨレな気分であった。(数時間して、完全回復できた)次回はまた、4,5日後に予約を取ってくださいという説明を受けた。




夢のワンシーン

 



今年の春も花見をしようと思っている矢先、夢の中で、遊歩道を歩いていた。

植え込みや、木の植えられている本道と、砂だけの歩道部分に分かれた道で、私は本道を歩いていた。すると砂の歩道の方を、おそらく桜と思われる1.5mくらいのカサのように開いた枝が(上の図のような)、後ろから前に、風に吹かれてサーー、っとすべって行った。

2026年1月10日土曜日

義母のケガ

 



義母が、椅子のへりから落ちて尻もちをついたときに、股関節付近の骨を骨折したのは2年以上前だっただろうか。人工関節に置換して、なんとか歩いているが、杖をついた方が安全だということだった。

が、先日の帰省で義母宅を訪問したときに、家の車庫のシャッターが壊れており、中からスイッチを手動で動かすか、外の車両から何度も時間をかけてリモコンスイッチで少しづつずらし開けをするかしないと、開かなくなっていた状態で、義母が中からスイッチを操作することにしたようであった。

スイッチを押してそのまま下がれば、もしくは杖をついて来ていれば、もしかすると事なきを得られたのかもしれなかったが、スイッチを入れた後に、様子を見ようと車庫の外に歩み出てしまったのが失敗の原因だったようである。老人が大嵐の日に田んぼの様子を見に行ってどうこう、というのではないのだが、短気で気をもみ、考えるより先に行動に出てしまうそれのようなものだろうか。もしくは、そんなところで転ぶはずはない、と自信が上回ってしまっていたのか。

傾斜に足が負けてガクッと来て?大きく姿勢が崩れてしまい、杖がないためにふんばれず、そばの電柱に頭を打ちそうになって、それをかばうために右手を強く地面についてしまったということだった。

持って歩くべき杖を持ってこなかった・わざわざ傾斜を降りようとした、この二つが大きな間違いとなり、右手に大きなダメージを受け、立てなくなってしまったようだった。主人が助けて起こし、なんとか皆で家に入ったが、右手がひどく痛んで以後の家事が満足にできなくなったため、食事の後片付けだけ私が行うことになった。

痛み止めを飲んで一晩過ごした後に、正月だったので救急外来に行って診察を受けたところ、手首の?骨折ということだった。そして週明けに手術して一週間入院ということになった。

股関節骨折をやると、もう片方もやってしまう確率が高く(転びやすくなるため?)、だが、両方それをやってしまうといよいよ歩けなくなってしまうそうだった。(一般的な傾向)

今回は、手で済んだのだが右手だったので、家事やいろいろなことがとても不便になるということで、とにかく1月1日からケガをしてしまい、義母にとってはさんざんな正月となってしまった。ただ、手は回復して元通りにはなるようなので、治ってからは、足の方には十分気を付けて、杖をいつも持って歩くようにしないといけないだろうと思われる。

主人が、「やらなくていいことばっかりする」と、辛辣な一言を放っていたが、年を取るとどうも前後のことを考えず、衝動的で理性に欠けた行動をとりやすくなるのかなあ、とちょっと思った。